AIで成功しなくてもいい
先日、「個人がAIを使って、金銭的なものも含めたメリットを得られる人は、実際にはそれほど多くない」という意見を見かけた。
もともと成功しているコンテンツや、多くの人に届く場所をすでに持っている人なら、AIを使うことでさらに大きく伸ばせる。
でも、これから何かを始める人は、どんなに良いことを言っても、そもそも誰の目にも留まらない。
たしかにそうだな、と思った。
今は文章も画像も動画も簡単に作れるようになって、世の中には情報があふれている。その中で、新しく始めた個人の発信が誰かに見つけてもらえる確率は、以前よりむしろ低くなっているのかもしれない。
それでも、AIを使うことは無駄じゃない
だからといって、AIを使うことが無駄だとは思わない。
そもそも私は、何か大きな成功をするためだけにAIを使っているわけではない。
自分のために、楽しみながら、今までできなかったことを少しずつやってみたい。そのための道具としてAIを使えたら、それだけでも十分なのではないかと思っている。
新しいことを始めようとすると、普通は覚えなければならないことがたくさんある。
ブログを作るならブログの仕組みを覚える。画像を作るならデザインを勉強する。何かを調べるなら、大量の資料を読んで整理する。
全部を自分一人でやろうとすると、時間もかかるし、途中で嫌になってしまうこともある。
でも今は、分からないところを聞いたり、難しいところを手伝ってもらったりしながら、とりあえずやってみることができる。
やってみて、面倒なら仕組みを変える。つまずくところがあれば、そこだけ任せてみる。それでも続かなければ、また別の方法を考える。
そうやって、自分が無理なく続けられる形を探していけばいいのだと思う。
私自身、自分が楽しいと思えることに没頭している方が、気持ちが落ち着く。
投資のことを調べたり、料理をしたり、パンを焼いたり、文章を書いたり。そこに最近はAIという道具が加わった。
もし何もせずに時間を持て余し、自分の頭の中だけでいろいろなことを考え続けていたら、私はたぶん、不安や不満に引っ張られやすくなる。
世の中への文句ばかり言う、少し厄介な年寄りになっているかもしれない。
だから、新しいことを知ったり、やってみたりすることは、私にとって結構大事なのだと思う。
シニアになってから新しいことを始めることには、もちろん面倒もある。
覚えたことをすぐ忘れることもあるし、若い人なら簡単にできることに時間がかかることもある。
それでも、やらないことの方がもったいない。
AIを単なる検索道具として使うのではなく、自分の生活や考え方を少しずつ整えるための道具として使えたらいいなと思っている。
成功って、何だろう
そして、ふと思う。
何かを始める時、多くの人は「成功したい」と思うのではないだろうか。
たくさんの人に読まれたい。人気が出たらいい。できれば収入にもなったらうれしい。
私だって、そんな気持ちがまったくないわけではない。
でも、では「成功」とは何だろう。
続けていくうちに、その答えは少しずつ変わっていくのかもしれない。
どれだけ人に見てもらえたかではなく、自分はこれをやっていて楽しいか。
いくらになったかではなく、以前よりできることが増えたか。
誰かに評価されたかではなく、自分の毎日が少し面白くなったか。
始めた時には外側にあった「成功」が、いつの間にか自分の内側に戻ってくる。
そんなこともあるのかもしれない。
私自身、この先どう変わっていくのかはまだ分からない。
AIとの付き合い方も、ブログを続けた先に何を思うのかも、まだ未知数だ。
でも、それもまた楽しみだと思っている。
収入が増えなくてもいい。
たくさんの人に読まれなくてもいい。
昨日より少し分かることが増えたり、できることが増えたり、面白いと思えることが増えたなら、それも十分なメリットだと思う。
人と比べず、自分のペースで。
何歳になっても、少しずつ前に進めたらいい。
2026年の今、私はそんなふうにAIと付き合ってみようと思っている。
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