「一日中パソコンに張り付いているんでしょう?」と聞かれて
先日、ひさしぶりに会った友人に、こう聞かれました。
「投資をしているなんて、一日中パソコンの前に張り付いているんでしょう?」
わたしは笑ってしまいましたが、心のなかでは「昔は、まさにその通りでした」と思っていました。
昔は、夜中に張り付いていました
はじめたばかりのころは、本当に張り付いていました。とくに米国株を取引するようになってからは、夜ふけまでパソコンとスマホをにらめっこする毎日でした。アメリカの市場が開くのは、日本の夜中です。サマータイムなら夜の十時半。標準時間にもどると、十一時半。いつも寝不足で、頭がぼんやりしていました。
これは無理がある。そう気づくのに、長くはかかりませんでした。
暴落で気づいた、暮らしのこと
寝不足だけでは、ありませんでした。米国株を取引するようになって間もない年末に、大きな下落が来ました。何が起きているのかもよくわからないまま、資金をずいぶん減らしてしまいました。ただ見ているしかなくて、怖かったです。
このとき、ようやくわかりました。お金のことだけでなく、暮らしのなかに投資をどう置くか——それを工夫しないと、続けていけないのだと。
そこから、考え方が変わりました。
夜中に起きて株価を見なくてもいいように、「いかに安く買っておくか」をよく考えるようになりました。長く持つことのよさにも、少しずつ気づいていきました。あわてて売り買いするのではなく、利益の乗ったものを売り、一年に数回ある下げの場面で買い、自分の余力と相談しながら、また利益を確保する。そんなゆっくりした繰り返しに、落ち着いていきました。
今は、暮らしの合間に少しだけ
おかげで今は、ほとんどスマホひとつで足ります。
暮らしの区切りごとに、ほんの少しだけ画面をのぞきます。朝、目がさめたらニューヨークの終わりぐあいを。朝食と家事をすませたら、東京の寄りつきを。お昼のあとに後場を、おやつの時間に引けを。夕食のしたくをしながら、ヨーロッパのはじまりを。夜ふけに起きていれば、ニューヨークの寄りつきを。——どれも一回は、数分です。合わせても、一日で三十分くらい。何もしない日もあります。

それで足りるのは、あらかじめ「この値段になったら」と決めておくからです。一秒ごとの動きを、見つめている必要はありません。
夜中に張り付いていたあのころを思うと、ずいぶん遠くまで来ました。これは、わたしのやり方です。ただ、もし昔のわたしのように寝不足で苦しんでいる人がいたら、「見ない時間をつくる」のもいいですよ、とだけ伝えたい。
さて、と立ち上がると、めめがもう、ひざの上で眠る準備をしていました。

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