気にしなくていい、と言われても ―― 夫のiDeCoのこと
夫のiDeCoを、いつか受け取る日が来ます。その受け取り方を、このごろよく考えます。封筒が来たわけでも、何かが起きたわけでもありません。ただ、わたしが先回りして、ひとりで気にしているのです。
夫はわたしより、少し年下です。受け取れるようになるまで、まだ三年あります。三年もある、とも言えるし、もう三年しかない、とも思えます。わたしはどうやら、後のほうで数える癖があるようです。
これは夫の口座で、わたしはiDeCoをやっていません。それでも、お金のことは長いことわたしの係なので、いつの間にか、わたしが考える役になっていました。夫は「あてにしてないお金だから、気にしなくていい」と言います。下げ相場と受け取りが重なっても、自分が働けるうちは暮らしは大丈夫だ、と。やさしいのだと思います。本当に、そのとおりだとも思います。あてにしていないお金です。でも、見なかったことにできる額でも、ありませんでした。
それでも、わたしは考えてしまうのです。
受け取り方は、まとめて受け取るか、年金のように少しずつか、その両方です。まとめて受け取ると退職金控除が使えて税が軽くなりますが、うちはその枠をもう使い切っていて、空くのを待つには間に合いません。少しずつ受け取れば、今度はほかの年金と合わさって、税や社会保険料の負担が増えます。どちらを選んでも、まとまったお金が、少しずつ削れていく。すっきりした正解は、ありませんでした。
厄介なのは、iDeCoは、時々、決まりが変わることです。去年も、受け取りの決まりがひとつ変わりました。この三年の間に、また変わるかもしれません。今いちばんよく見える道が、三年後にも同じ道だとは限らない。決めたつもりが、決めきれない。だから、こうして先回りして、地図だけでも引いておきたくなるのです。
もうひとつ、気になることがあります。受け取りの少し前に、中身を安全なほうへ寄せておくべきか。よりによって下げ相場の最中に、受け取る日が来たら。夫は「そのときはそのとき、働けばいい」と笑います。それでも、わたしは寄せる時期を、もう頭の中で引き始めています。
夫は「もう少し働く」と言います。わたしは先月、体が優れず、相場をほとんど見られない週がありました。「働けるうち」は、いつまでなのか。同じ家にいて、夫はまだ外へ出ていき、わたしは画面の前に座れない日がある。お金と、体と、時間。あてにしていないお金のことを、わたしは三年も前から心配している。我ながら、気が早いと思います。
考え方の記事で、「利益が出たら守りを厚くする」と書いたことがあります。八年やってきて身についたのは、嵐が来てから動くのではなく、来る前に、そっと支度をしておくことでした。これは、たぶん、そのいちばん最後の支度です。どう増やすかではなく、増やしたものを、どうやって静かに家へ連れて帰るか。
今日のところは、何も決めません。決められない、のではなく、まだ決めなくていい。そう思うことにして、手を洗い、週末のパンの粉を、はかりにのせます。粉が、ふちから少しこぼれました。
めめは台所の隅で、丸くなって眠っていました。三年後のことも、決まりが変わることも知らない顔で。気の早い飼い主の足元で、めめだけが、今をちゃんと生きているみたいでした。

めめは三年後を心配しません。わたしも、今日くらいは。
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